Cheap chic!~日々本能のまま~

「生活は簡素に理想は高く」をモットーに、毎日楽しく生きています。基本的に亀更新です。
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  [ トシ相応であるコト。 ]
2012-06-11(Mon) 23:01:42
ある程度の年齢になると自分の発言に責任を持たなきゃいけないと思う。それが難しくもあり、日々反省なのだけど、軽々しく薄っぺらい言葉、不用意にヒトを不快にする言葉、むやみに下げる言葉、無責任に決め付ける言葉などを、公共の場で吐く、心許していないヒトの前で吐く、職場で吐く、とにかくやたらと吐く、コレではオトナと言えないと思う。それから自分がキライであっても側面的なモノを理解して、例えばそれをこよなく愛するヒトがいたり、キライな対象物でも一生懸命生きていたりするのだから、「ちょっとキライ」「めっちゃキライ」「喰わず嫌いやけど好きになれない」のような抽象的な言葉ならご愛嬌だけれど、「如何にそれがくだらないモノであるか」熱弁をふるう必要は全くないと思う。それを好きな相手には尚更。思いは自由だし、押し付けちゃいけない。相手が好きだというコトを推して量り、そして空気が凍りつかないように(←ここ大事)配慮しつつ、静かに意見を封印するか、「そうなんやー、私はアカンのよねー」と軽く受け流すか、それがオトナの態度ってなもんだ。好き嫌いの価値観で相手を凍りつかせるヒトって結構いる。

今にも雨が降りそうなどんよりした曇りの日、自宅マンションの前で工事が行われており、確かに轟音で耳を圧迫する勢いではあった。そんな中、出勤しようと出て行った私の耳に、管理人の奥さんと住人の方の声が聞こえてきたのだが。

「今日は雨が降りそうで暗いし、工事の音はうるさいし、
どんよりして憂鬱な1日になりそうやねー」

何気ない言葉ではあったが、それを聞いた私がどんよりして憂鬱なキモチになったのは言うまでもない。

そのあと、ニッコリ挨拶されたけれど、カオがひきつっていたんじゃないかなと思う。だってそりゃそーだ。今から出勤するのにそんなどんよりしたコトを言われたら、士気が下がる。

0261.jpg編集部時代の尊敬する上司F氏からお祝い返しでいただいたワイン。北海道おたるという銘柄。まだ飲んでいないけど、透明感があって爽やかな風味だそうで、今から楽しみ。キンキンに冷やして飲むぞー。

そのF氏が以前言っていた。

「言葉の選択力はそのヒト自身と正比例だ。使う言葉が軽い人間はそのヒト自身も軽いもんだ」

って。

そんなもんかなーと思っていた30代に入りかけた頃の私だったけど、アラフォーとなった今、意味がしみじみ分かって圧し掛かってくる。

常日頃、トシ相応であるコトを心がけて、行動なり思想なりヒト付き合いなり取捨選択して考えているつもりだけど、言葉…となると本当に難しい。軽い言葉=流行り言葉とか略語とかそんなのじゃなくて、軽々しく薄っぺらい言葉を指すワケです。

そして、冒頭の思いに戻る。ある程度の年齢になると自分の発言に責任を持たなきゃいけないなと。永遠のスパイラルですね。スパイラルって言葉、最近すごく好きで多用しております。自分の中で言葉の流行を持つのはオトナの楽しみとしてイイんじゃないかな。ダメ?
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  [ あるイミ残念。 ]
2012-03-01(Thu) 23:42:59
瀧本美織ちゃんはカワイイけど声が残念だなあと思う今日この頃です。春めいてきましたね。

書籍を物色中、とあるネットで「残念な人診断」というのを発見したのでやってみました。

結果。

残念な人度25% 
大丈夫です。残念な人だとは思われていません。
感覚的なところがあって、論理に弱いところがあるかもしれませんが、
それもご愛敬でしょう」

だって。

論理的思考の持ち主だとばかり思っていた自分が感覚人間だったとは。ビックリ。

新たな発見です。

にょりちにメールしたらば、「なんか分かる」と返ってきたので二度ビックリ。

私の場合、論理的思考ではなく、単なる理論好きなだけらしい。にょりちによると。

理論好きと論理的思考とでは重みがちがーう。勿論、前者のが重くない。ヤダ。

何はともあれ、世間的に残念なヒトではないと分かっただけでもヨシとしたいと思います。


☆診断したいヒトはコチラ→「残念な人診断」
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  [ イニシアチブ。 ]
2010-09-14(Tue) 18:29:38
公の場では政治と宗教とお金の話題はタブーですが、ここは私のブログなので好き放題書いちゃおう。
でも、ちょっとセーブして書いちゃおう。←小心者。

今日、民主党の代表選が行われ、結果、現首相の菅さんが再選となりました。

コレはまあ、想定の範囲内だったと思う。

少なくとも私の周りでは、まず小沢さんにはお金の問題をクリーンにしてから出直して欲しいといった意見が多かった。説明義務を回避する政治家の言葉なんか信用できるかと。

ホントにそうだ。

ただ、議員選挙の票数では僅差だったというのに驚いた。

国民の思いと政治家の思いとに相当ブレがあるというコトだよな。

コレってどうなのよ?

サポーターなどが投票する分では、菅さんが圧倒的優位。
一方、政治家票では全くの五分五分。

この温度差よ。

コレが今の日本を象徴しているのだと改めて痛感しました。

政治家さん達はもっと国民の声に耳を傾けた方がイイ。

国民、置いてきぼり。

誰の為の政治なんだろうね。

で、小沢さんは負けたけれども、小沢さんが出馬した事実によって、小沢カンケイの議員さんを要職に就かさせなければならないというシガラミ。

ヘンなの。

ホントにヘン。

どうでもイイけど、早く政治に精を出して欲しいモノです。

ハッキリ言って、誰にも期待しないわ。

それも哀しいコトですがね。
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  [ 距離感について考える。 ]
2010-02-05(Fri) 23:59:36
F1040112.jpgホントならチームで飲み会の予定だった今日、最後だから来て欲しいと言われたので、わざわざ先に入っていた予定を返上したというのに、会社から軍資金が支給されていないという無様な理由で延期になりましたとさ。チャンチャン。
こんなコトならオーモチやビッケチーフと京都に行ったのになあ。結局、お休みを取れずじまいでそれも出来ず、ガッカリンコ。

というワケで、仕事帰りにRさんと連れ立ってお好み焼屋Yへ行って来ました。胃腸炎が治って以来初のアルコール!ビクビクしながら飲んだ生ビールは超美味かった。調子に乗って2杯飲みました。完治して良かった良かった。日本酒はやっぱりムリっぽいけど。ビールやチューハイならいけそう。


ハナシはコロっと変わって。ココからまた呟きますので、読み流して下さいね。


少し前の日記に書きましたが、相変わらず、“引っ掻き回そうとしているつもりはないのに結果引っ掻き回すコトになっているお節介”に心を振り回されつつあります。コレが、ママリン言うトコロの「誰にでもイイカオをする、嫌われたくない主義、事勿れ主義」の私ならではの弱さですな。→参照記事はコチラ

共通の友人にハナシを聞いて貰ったトコロ、ていうか、信頼おける数人の友人が皆一様に、「それは若さ故の間違った正義感の表し方」だと言うので、私の受け取り方は間違っていない…と安堵。しかも、双方よく知っている友人は、「それは相手(私ではなく、一生懸命同情して優しくしているもうヒトリの相手)を下に見ている言い方だ。ヒトリで可哀想。自分が面倒見てあげなきゃどうしようもないなあアンタは、という無意識の意図が感じられる。ナニサマのつもり?ってカンジやなあ。でも親切と正義感でやっているつもりやからタチ悪い」とも。そのお節介なコは、「全てのヒトが大好き!皆と仲良くしたい!皆とワイワイする時間が幸せ!」と言い、その考えは素晴らしいと思うんだけど、やはり合う合わないある巨大な人間関係の中で、「全てを大好き、皆と仲良くしたい」と言い切れるのは、自己の弱さを隠している部分の表れであり、偽善であると私は感じる。団体の中で許容し合い、協調性を維持しながらフラットでいる…のとはイミが違う。ヒトとの距離の取り方が密すぎるし、密であるコトが良いと捉えている彼女もまた違ったイミで人間関係下手なのではないかな。だから、今彼女がしている行為も何処か偽善チック、自己満足であると思うのかも。彼女自身も「自己満足でやってるだけやねん」と言うけれど、その自己マンに付き合わされるこっちは溜まったもんではない。そのせいで、私が真に保ちたい友情は壊れる危険性も孕んでいるのだから、無責任にも程がある。まさに中学生レベルだし、そのような言動を取る彼女の方がよほど不安定。しかも、彼女自身もムラがあったり、周囲から「ナーバス」と思われているのに自覚がないタイプで、だからって私は別に友達ではないのでどうでもイイんですが、そんなコに、大事な友達をヘンに同情したりして欲しくない…、と思うのは私の了見の狭さですか?多分そうですね。

余計なコトを吹聴して混乱させていなければイイけど。自分が信じたコトをこうと決めて己のタイミングで進めばイイし、大抵のヒトならそうするモノですが、上手く出来ない不器用なヒトもいるワケで、そういうヒトはゆっくりマイペースで「自分がどうしたいか」を考えていけばイイのだけど、ヘンに間に立って私のキモチを代弁して、しかもその“真意が異なるモノ”として伝わったりしていたら、要するに、歪んで伝わっていたら、もうコレはどうしようもなく修復不可能になるかもね。
そうなればなったで、コレは縁の問題であるからして、残念ながら縁がナイと思うしかないのだけれど、せっかく、1ヶ月以上もあーだこーだと悩んだ挙句、相当のリスクを背負うのを承知で自分自身の思いを伝えて、それを受け止めた相手がどう出るかを受身でじっと待っているコチラとしては、横槍が入っているコトを知ってしまった以上、その瞬間から萎えそうになるのを懸命に堪えているというのに、その後の行動自体も「連携プレーかも」と思って純粋に相手のキモチとして受け止められなくなるかもしれないよね。なんだか色々と残念に感じる次第です。友達ってなんなんだろうね。誰か助けてくれ。「赤毛のアン」読みます。 
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  [ 死ぬ時に後悔しない人生とは。 ]
2010-02-02(Tue) 00:04:30
先日、伊勢神宮に行った時に(今は下痢・嘔吐で苦しんだ後半の思い出が蘇るので、旅行記はまたおいおい)、神々の領域に踏み込んだ気がしてフワッとした瞬間がありました。

このブログを隅々まで読んでくれているとお分かりかと思いますが、神仏の存在を私は信じる派で、無神論者もアリだし否定しないんだけど、そういうヒト達も死期が近付くと神に縋るというし、やはり目に見えない大きな力っていうのはあるよなと日々実感するんですよね。それを神と捉えるか、超常現象と捉えるか、はたまた違う何かと捉えるかは個々によるけど、何某かのパワーの源っていうのは誰しも感じるモノではないかと(私自身は超常現象は信じないんですね~)。

伊勢神宮は日本随一と言われる神社であるからして、その地に足を踏み入れた瞬間ナニか感じるかも?と期待していたとはいえ、こうも確実に感覚を得られるとは思っていなかったのでビックリしました。なんかこう、澄んでいて、穢れていなくて、神々しい空間で、私達は道中ずっと「スゴイね」と言いっぱなし。樹齢何百年の木、建立何千年の建物、このような聖地に来ると、自分=人間は如何にちっぽけで強欲かと痛感させられる。神々や自然の力はスゴイ。仏典では、人間は修行する生き物となっているので、ちっぽけでもナンでもそれが人間らしくもあり愛しい存在であるには変わらないんですが。

帰宅して、急性胃腸炎になって、苦しい中でずっと寝るにも腰が痛いし、読書をしたりしながら比較的スピリチュアルなモノと触れたりしていた中で、ずっと以前にキムコから勧められていた「死ぬときに後悔すること25」という本に漸く手を延ばしました。こういう類の本って読むのに勇気が要って敬遠していたカンジなんですが、もっと早く読めば良かった。

1000人の死を見届けた医師が、死を目前にした患者さん達が吐露した主な「やり残したこと」を25に集約して紹介している本で、読むと切なくて儚い命の迸りを感じてキュンとします。

ヒトはいつか必ず死ぬ、そして死ぬ時はヒトリで、誰も付いて来てはくれない、ナニも持っていけない。そして、死は突然やって来るかもしれない。だから、死ぬ時に後悔するような毎日を送らないコト。…コレが私の生きるテーマですが、そんな私でもフツーに考えたら後悔するであろう該当項目が3つ。でも、それも私の選んだ道だし、そう思うと悔いはない。…となると、1つに減る。恵まれた人生をおかげさまで歩めていて、本当にありがたい。感謝。

ヒトは死を目前にすると、「何故あんなコトをしてしまったんだろう」と後悔するよりも、「何故そうしなかったんだろう」 と後悔する方が多いらしいです。そうならないように、日々悔いなく生きていきたいと強く思う。せっかく与えられた命なんだからさ。



以下、25項目です。ネタバレNGのヒトは見ないでね。皆さんは幾つ当て嵌まりますか?

1 健康を大切にしなかったこと

2 たばこを止めなかったこと

3 生前の意思を示さなかったこと

4 治療の意味を見失ってしまったこと

5 自分のやりたいことをやらなかったこと

6 夢をかなえられなかったこと

7 悪事に手を染めたこと

8 感情に振り回された一生を過ごしたこと

9 他人に優しくしなかったこと

10 自分が一番と信じて疑わなかったこと

11 遺産をどうするかを決めなかったこと

12 自分の葬儀を考えなかったこと

13 故郷に帰らなかったこと

14 美味しいものを食べておかなかったこと

15 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと

16 行きたい場所に旅行しなかったこと

17 会いたい人に会っておかなかったこと

18 記憶に残る恋愛をしなかったこと

19 結婚をしなかったこと

20 子供を育てなかったこと

21 子供を結婚させなかったこと

22 自分の生きた証を残さなかったこと

23 生と死の問題を乗り越えられなかったこと

24 神仏の教えを知らなかったこと

25 愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと
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  [ お節介は嫌われる。 ]
2010-01-31(Sun) 23:58:48
週末は急性感染性胃腸炎の到来で久々にへたばっていました。だいぶマシになったので今日は出勤したのですが、会社の繁忙期に迷惑掛けなくて良かったな~と思う自分ってつくづくマジメ。私が社長なら、私みたいな社員が欲しい。と、自分大好きに拍車が掛かるカンジです。さて、闘病については、また後ほど書くとして、ひとまず今書きたいコトを。


自分より一回りも年下の女子に、ミョーに親身に話を聞かれていた途中、彼女があたかも仏道に励んだ尼僧のごとく私に同情したり、精神論を持ち出して来たりするのが面白くて、チョイチョイ込み上げてくる笑いを堪えるのが大変でした。若いコにありがち。こういうのを“井戸の中の蛙”と言うんですね。

結局、自分の価値観を押し付けているワケでもなく、諭しているワケでもなく、ただ単に明るいお節介&自己満の好奇心で話しているのだろうけれど、経験値も自制心も12歳下に比べりゃ遥かに高いこの私の思いを引き出そうなんて12年早い。半分も伝えていないのに、すっかり私のコトを分かった気になって意気揚々と帰っていきました。愛いヤツやなあ。何とも滑稽。またそれを客観的に見られているとも知らず…。掌で転がされるタイプかな。彼女が一生懸命お節介を焼いて心配しようとしている“もうヒトリの彼女”の方が、私からしたら精神的に大人な部分は多いと思うし、ある意味強くて、自分ヒトリで充分対応出来ると思うんだけどな。ほんの一部分の閃きや開眼があれば、飛躍的に良くなるであろうし、ステキなコ…ステキな部分がある…そう思っている相手だからして、そのコのコトを、こちらとしては“十把一絡げのさして心を掛けていないコ”にあーだこーだ言われても、何だかなあと白けるばかり。

大人数のヒトリで事実上どうでもイイコ、表面上何とな~く好きでやり過ごせるけどそれ以上にはならないコ、ホントに好きで一生付き合いたいコ、この違いは私の中で明確だからして、“何となく”タイプのコに仲立ちされる必要はなく、もうほっといてと声を大にして言いたかった。女子社会の悲しさかな。けど、本当に親切心でわざわざ時間を割いてやってるのか?と思うと無碍にも出来ないこの私の煮え切らない性格よ。また、「優し過ぎる!」と親友どもに叱られるわ。

しかも、私のコトなんて、私自身でもなかなか分からないのに、ちょっと話しただけで他人に分かってたまるか。

こういう親切(親切とするならよ)の在り方も有り難いモノですし、なんやかんや言って心配されるのも嬉しいモノですが、だが、大きなお世話。私のコトは私が決める。それから、特定個人をどう思うかも。私の方が遥かによく知っている人物を、いかにも知ったらしく語られるのはガマン出来ないし、そんな好奇心とも捉えかねない助け舟は親切とは言えないと思う。単に面白がっているだけだ。トラブル好きなだけ。それを、「そうじゃないよ、親切なんだよね」と思うヒトは、もっと心理学を研究した方が良いと思う。この場合の真の親切とは、知らん振りしつつ、でも無視などはせず、時には叱咤激励しつつ黙って状況を見守るコト。考えさせる時間を与えるコト。本を読んだり、ハナシを聞いたりしながら、自分で一生懸命考える行為をしないと、やはりヒトは成長しないと思うんです。自分と向き合うのはツライけど、逃げてちゃいけない。私も何かに躓く度に自分と一生懸命向き合いながら乗り越えてきたので、それこそ何度もその経験がある分、今はここに至っているワケですよ。周囲からは小器用に飄々とやりこなしているように見えるのも、過去の痛い経験があるからこそ。本当に苦しかったあの時の経験がムダではなかったなと心から思えるのは、やはりきちんと向き合って乗り越えられたからこそかなと。そのせいで犠牲にしてしまった色んなコトも、今振り返ると惜しいなとか残念だなとかゴメンナサイなどと思うけれど、それもまた勉強。過去を振り返ったって仕方ない。今自分がどうしたくて、今後どうなりたいか、ビジョンをしっかり持てば、自ずと光は見えてくると思う。勿論、私はいつも姉や親友、年上のお友達などにハナシを聞いて貰うけれど、最終的に決めるのは自分自身。恋愛だってそうじゃないか。失敗したら、次は失敗しないようにと一生懸命考えるから、同じ失敗を二度と繰り返さないモノなのだけど、そこで考えるコトをせずに学習しないコは、何度も何度も同じようなダメンズに嵌まったりするのではないかしら。

誰とでもフランクにフラットに楽しく陽気に過ごそうとするのは大切だけれど、私はやはりそんなのは友情とは思えないです。仲間との距離の取り方は、まさに上記の通りにするのが理想的ですけどね。

何度も書いているけど、真の友達とは、べったりずーっと一緒に過ごすとかではなく、離れるのでもなく、距離感は成り行き任せ、互いに良い影響を与え、向上し合えて、価値観をぶつけ過ぎるコトなく、尊重し合え、認め合え、楽しいだけでなく、時にはケンカもするかもしれない、行き違いもあるかもしれない、でも、自力で分かり合い、喜びも悲しみも怒りも分かち合えるような、自分にとってホントに大切で必要なヒトに限る…このスタンスは今後も変わりません。陽気にガチャガチャ過ごすのは仲間ではあれど、友達ではないと思うから。だから日記に書く時も仲間と友達との区分をハッキリしているのです。

そしてやはり、内外共に年相応のヒトが好き。18は18らしく、25は25らしく、30は30らしく、だ。ミョーに背伸びして達観ぶったトコロで所詮まだまだ20代なのだ。そして、どんなに若く初々しく見えたって、30代は30代なのだ。中身は年相応でありたい。

帰宅後、病み上がりで疲れていたものの、あまりに可笑しくてにょりちに電話したら、

「そのコ、釈迦に説法ばりだね」

と呆れ口調。怖い。

ミクロちゃんならハナからそんな年下はダイキライなので殆ど相手にしないだろうと思いますが、私は小一時間付き合ってしまった。病み上がりなのに。媚びないのがポリシーなのに、ああ八方美人、ビバ。←ビバではない。

「アンタ、お人好し過ぎるのも大概にしなよ」とにょりち。厳しい。

お風呂に入りながら(3日ぶり!)冷静に振り返っていたら、彼女の行為は“ヒトの聖域に土足で踏み込む”のと一緒だと感じました。いやあ、周りにいないタイプだわ。私の血縁だって恋人だって親友だって、共通のどこまで近い友人だって、そんなコトはせんわな。真に賢いヒトと、賢ぶるヒトとの違いなのかな。賢ぶったり通ぶったり達観ぶったりするヒトって、本人は得意満面でも結構カゲで笑われていたりするので、これまた損なタイプですね。でも本人は得意絶頂なのでヨシとしよう。それにしても、自分自身が誇れるようなカンペキな人間ではないから、ヒトに何かを伝える時は色々試行錯誤したり自己嫌悪に浸ったりするのに、どんなヒトに対しても堂々と意見出来るような自信満々なヒトが本当に羨ましい。チーフになっちゃえよ!また胃腸がヘンになりそうなので、もう寝ます。
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  [ 疲れない生き方。 ]
2009-12-14(Mon) 21:58:04
完全にオフ日につき、家から一歩も出ず、ひっきーやにょりちとチャットばりにメールしたり(コメント返しを結局しないままでゴメンちゃい)、ぼへえっとお昼寝したり映画のDVDを観たり読書したりしておりました。


林真理子さんのエッセイを読んでいて気付いたんですが、

イイオンナってやっぱり、自分をよく知っているんですね。

好みだけで突っ走らないんだよね。

あと、いつでも身奇麗にしていますね。

公共の場へ間違ってもスッピンで出たりしないし、

髪の毛ボッサボサなんてコトも絶対にナイ。

それから、感情や生活スタイルもコントロール出来るんですね。

眠い、しんどい、怠けたい、そんな時も上手にキモチをリフレッシュ出来る。

ヒトに不快感を与えない。

ヒトから見える自分、

自分から見る自分。

常に客観視して感情を剥き出しにしない。

至って冷静なんですね。

ヒトにナニか言われても動じない。

言っとけ言っとけ、てな涼しげなカオをする潔さ。

教えてくれてアリガトウ、的な感謝をする謙虚さ。


これからはもう、友達なんてモノを積極的に作らない予定ですが(定員オーバー気味)、

出来るなら精神的にオトナのオンナと付き合っていきたいです。


誰に対してもフラットな態度でいられるヒト。

腹ではどう思おうと、協調性を保っていられるヒト。

心身共にコントロール出来るヒト。

考えてからモノを言えるヒト。

こだわりを自分だけで収められるヒト。

欠点は誰にでもあると堪え、相手の美点を掲げられるヒト。

楽しく朗らかな雰囲気のヒト。



そういうヒトに私がなりたい。←宮沢賢治か。


逆に、決してそうはなりたくないような相手に、ムリに合わせると疲れるニャア。

例えばさ、いつも書いているコトなんだけどさ、自分自身にも欠点があり、いつも多くのヒトに支えられ許されているのを忘れ、不機嫌さを露にして周囲に不愉快極まりない態度を取るとかさ。聞こえるようにわざと悪態をつくとかさ。子供じゃないんだから。自分が気に入っている相手の前でだけイイコ風に装うとかさ。隠したってそんなのすぐ分かるし。もし私がそうされたら、「なんじゃコイツ」って思うよりも、可哀想なヒトだなあと哀れみます。そういうヒトに限って、ヒトの欠点にはホント容赦ナイんだよね~、不思議だ!

友達という存在は、一緒にいると楽しいだけでなく、共に成長し、美点を称え合い、何でも話せ、助け合い、支え合えるカンケイが理想。そして適度な距離感を保つコト。友達に限らず、思いやりを失くしては人間関係は成り立たない。親しき仲にも礼儀ありとはよく言ったもんです。

ただの遊び仲間とは違うのだー。30歳を過ぎたら友達を選ぶのにも責任を持たなきゃね。

恋人にしろ友達にしろ上司や先輩にしろ、自分の魂に近い相手が近付くというので、近付いている以上は魂に近いのか~と謙虚に受け止めておりますが(特に旅人クンだよ)、遠くにいてもいざという時に助けてくれるステキな親友、お友達は変わりなくいるのでホッとします。

まあ、私の場合、イチバンの親友は姉ですけど。
オギャアと泣いた時から一緒にいて、一生姉妹なので、コレはもう切っても切れない。
性格は全然違うけど(絶対に私の方が優しい!人間関係において、姉ならどうするだろう?と考えた時、「なんやコイツ、アホちゃうか。知らん」と切り捨てるコト風の如しだと思うくらい、あのヒトはクール。羨ましい)、何かあった時にイチバンに聞いて貰う同性は姉なのでラクチンです。


因みに、私も姉も家の近所で用を済ます時はスッピンです。姉なんてちょっとした用事で電車に乗る時も「イイやろ?大丈夫やんな」と言いながらスッピンだったりしますが、日焼け止めや下地は塗るので辛うじて許容範囲としましょう。また纏まりなく終わります。
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  [ 陽のオーラをまといましょう。 ]
2009-11-09(Mon) 23:40:38
今日、お隣りに座っているSちゃんが、

「なんか面白いコトないですかね~。ホント、つまんない人生です~。なんか、最近大声で笑ったコトない気がします。ありますか?」

と聞いて来たので、「あるよ。毎日笑ってるよ。楽しくて仕方ないよ」と答えたら、「えー!!ホントですかあ?」と驚かれました。

私こそ心底驚いたよ。うっそー!?つまんない人生なんて、そんな寂しい!!若いのに!!

仕事はめんどくさいし、会社の人間関係は煩わしいし、結婚展望は曖昧だし、親の健康面も心配だし、先行き不安な面も確かにあるけど、でもこうして悩めるのも生きている証拠。悩む倍くらい人生充実していて楽しいコトも多いし、元気に生きていられるコトがまず大きな幸せだから、毎日生きている幸せを噛み締めながら陽気に生きているんだよ。だって一度きりの人生じゃないかー!失敗も醍醐味だ。時間が勿体無い。

同じ生きるなら、

文句ばかり言って、自分の言動を棚に上げて愚痴や欝なコトばかりを挙げ連ねて、ヒトの美点を挙げられず、不平不満の応酬で、負の感情をコントロール出来ずに周囲を欝に巻き込んで、尚且つ自分自身の士気も一向に上がらず落ちてばかりなのと、

なるようになるさと明るく受け止めて、楽しく物事を解釈してある程度は我慢もして、お互い様だからとヒトを許して、周囲を和ませたり楽しませたりする役割を率先して担って、イヤなコトも生きる為の必須事項と割り切って視点を変えて、笑いながら試練を乗り切るのと、

どっちがいいんだ、後者に決まっているわ。

毎日が楽しいか楽しくないかなんて自分次第、楽しいコトばかりじゃないのは当たり前、楽しくないコトでも元気良く乗り切って生きていけば人生充実するよ。苦しんだ後の楽しみはまた格別だと思うんだよ。

前に旅人クンから、「ぽっちゃりが好きだからだけじゃなくて、いつも明るくて周囲をぱあっと楽しくさせるトコロが良いな~と思ったんだよ」とお褒め頂いた私ですが、字面にしたら多少気持ち悪いコメントですけどそんなもんですよ。カオやスタイルに惹かれるメンズもいるだろうけど、精神面より外見に囚われるメンズなんか、悲しいかな、今の私は用無しですからね(そこを全面に出されると謝るしかないクオリティ)。

なんか、ハナシが違う方向に行っている気がしないでもないですが、ナニが言いたいかというと、人生を謳歌するには自分が輝いているか否かが大切なんだと思う…というハナシでした。

イキイキしていると陽のオーラが集まってくるから、つまんないなんて言う暇なくなっちゃうよ!せっかくの人生、今この時を精一杯楽しまないとそれこそつまんない。







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  [ 禁を破って書くんじゃ。 ]
2009-08-30(Sun) 23:37:51
ニコ家言わば公的な用事でお出かけの、忙しい1日でした。その間ちゃんと選挙にも行きましたよ。国民の義務ですから、ええ。

帰宅してからも多忙は続き、ママリンとお寿司を食べに行って、選挙速報を見てあまりのデキレースぶりにニヤーとしたり旅行の準備をしたり、ミクロちゃんとチャットばりにメールしたりにょりちから掛かってきた電話にうっかり出て(笑)長電話になったり、まだ観てもないのにネタバレされて映画版20世紀少年のともだちが誰か分かったり、あまりの衝撃でそれをKちゃんにメールしたり、寝るまで、否、寝てからもバタバタバタバタしておりました。

しかし、ヤッシーのせいで我が市も物凄いフィーチャーぶり。迷惑だわー。

民主党圧勝は予想していたし(ここまでとは思わなかったけど)、誰がやっても同じという持論は残念ながら変わらないので、この結果自体はまあどうでもいいし、お手並み拝見というカンジなんだけど、開票中の小沢氏のインタビューがムカつき過ぎる。何を慎重になってるねん、ヒトをこき下ろすコトに長け過ぎて未来へ向けた会見の回答の仕方を忘れたってか!勝ったはいいけれど政策は早々に実現させられるか分かりませんよ…ってか!そうなった時に責められないが為の予防線を張っているようにしか見えないんですけどー。イライライライラ。

そのあとの鳩山さんにしろ煮え切らない印象。麻生さんを責められないよ?

逃げ口上にしか聞こえないねん。真意は分からないけどさー!

鳩山さんだって、選挙前は「必ず実現させます!」言うてたくせに、いざ政権交代となるや否や、「短期間で実現してくれますか?」というインタビューに対し、「短期間…ではなく1年毎に決めていきます」みたくぼかして。そこはハッタリでも「必ず実現させます!」言えよ!安心させんかい!(怒)。

「準備はまだまだ今からです」とかアホか!そりゃそーやろけど、そこは「今すぐ取り組む」言っとけやー!何を急に与党気取りの慎重ぶりかー(怒)。

あーあ。早くもやはり何処が政権取っても一緒な薫りがプンプンしてきました。タブー破って力説するコトじゃないけど嘆かわしい…。


しかし、麻生さんはそれでも当選するんやね。小選挙区がダメでも比例区があるってのが何だかなあ。それでも落ちる中川氏とか、まあ当たり前っちゃそーか。

そんな中で初選挙の小泉ご子息は大健闘でしたね。

濃いカオは好みじゃありませんが、政界では“掃きだめに鶴”ばりの男前ですね。インタビューに対し、「七光どころか21光です」だなんて、正直ですねえ。逃げないカンジも男前で良いです。コータローもそうだけど、やっぱりお育ちがイイのかな。でも、10年後にも今と同じ意識を持っていられるかが分かれ道でしょうね。つーか、私、何様?
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  [ メッセージ。 ]
2009-08-16(Sun) 23:55:27
長い人生を歩んでいると、時には、何をしてもうまくいかないコトがありますよね。

大きな失敗をしたり、相手の期待を裏切ってしまったり、誤解されたり、失言を放ったり、いけないいけないと思いつつ悪態をついてしまったり、やる気が出なかったり。

そんな時は自分がイヤになって、“焦り”や“不安”“恐れ”といったマイナス感情が起こりがちだと思います。

いわゆる自己嫌悪ってヤツね。

そうならないヒトはよほど人間が出来ているか性格が悪いかのどっちかじゃね?

ただ、自己嫌悪に陥るからと言って、

「自分は弱い人間だ」

「私は何をやってもダメだ」

「誰にも分かって貰えない」

などと決して自分を責めないコトですよ。そして、投げないコトです。人生を諦めてはいけないのですよ。

自分が思うほど、他人はそう思っていないからです。

だって、皆それぞれ自分のコトに忙しいんだもん。

それに、誰しも時には落ち込みながらイヤになりながら怠けたいと思いながら、それでも周りに協調してヘイコラ毎日を生きているモノなのですよ。

皆、一緒。


無理に頑張る必要もないしね。

他人からの「ガンバレ」「ガンバレ」の声に頑張り過ぎるのも禁物。

人生において頑張るか頑張らないかは自分が決めるコトだと思うんですよ。誰かに指図されるコトではないんじゃないかなと。

何かで躓いているヒトに「頑張って!」「一緒に頑張ろうね」なーんて声掛けるのはたやすいし、楽チンな慰め方だけれど、頑張るのは当事者であって声掛けするヒトではないワケだから、無責任な発言であるのは強ち否めない。

あ、学校とか部活とか仕事上とか、あらゆる指導過程の励ましは別ですよ。あくまで人生においてのハナシ。


人生では、頑張らないのも大切だと思います。

前向きに考えられないから、落ち込んでいるのだから。

そんな時は無理せず何も考えず、ありのままの自分を自分で受け入れてあげたらイイんだと思います。
それだけでスーッと楽になり、キモチが穏やかになり、プラス感情が湧いてきますよ。多分。


最初から強い人間なんて殆どいないし。

失敗や挫折を繰り返して、ヒトは強くなるモノだと思うし。うん。

前向きになれなかったら、上を向いたり、横を向いたりしてもイイんじゃないかな。

そうするうちに、何だかバカバカしくなるかもしれないし、考えをリセット出来てしまうかもしれない。

自分自身を受け入れてあげると、自分を客観視=俯瞰で見られるようになるから、モノの見方や捉え方が変わってくる可能性もありますよね。

視点を少し変えるだけで、全く違う世界が見えてくるかもしれません。

同じ失敗をしない為には…と言うよりも、自分がしんどくならない為には、やはり自己改革が必要な場合もあるワケですよ。

他人を責めず、自己を受け入れて客観視してみて、見えてきたモノについて考えてみる、この過程が大事だと思うんですよね。

たいていのヒトは本能でコレを自然に行えているから、困難に面してもうまく摺り抜けられるんですが、そうじゃないヒトは壁にぶつかる率も高くなる。


ありのままの自分を受け入れて、認めて、見えてきたモノを受け止めて、改善すべき点があれば思い切って変化させて歩み出す、この少しの勇気を持てば、自分に明るく生きられるようになる……、と私は思います。
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