Cheap chic!~日々本能のまま~

「生活は簡素に理想は高く」をモットーに、毎日楽しく生きています。基本的に亀更新です。
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  [ 上手に生きるコト(長文注意)。 ]
2009-11-22(Sun) 23:25:00
少し前の記事で述べた“生死についての見解”、何となく誤解されていたらイヤなので、補足説明。

死を悼む行為が偽善だとか苦手だとか申しているワケではないんです。あくまで私個人が人前で誰かの死に関して多くを語るのが不得手というだけで、そういう話題になったらかなりの割合で「寿命やからね…」で締め括ってしまうというだけ。なんかね、偏見を承知で言うと、死を悼む感情を言葉にするとたちまち薄っぺらくなる、「亡くなったね…」「悲しいね…」などと語り合う行為には何処かしら自分達はまだ生きているという安堵感を感じる、生きている側のエゴ的満足とか上から目線などというとちょいとオオゲサですが、なんせ“死”という偉大なるヒトツの行事を軽々しくクチにしたくないだけなのです。前に、障害をお持ちのヒトに対する世間の過剰なまでの同情心に対する自身の考えを述べたけど、それと一緒。一方、価値観が同じヒトとは大いに語り合ったりもするので(例えば姉ミクロちゃんとかえりちとか)、正解がヒトツではないコトを誰彼構わず話す行為に対し、そもそも臆病で躊躇するのかもしれません。でも、そんなコトは常日頃オープンにしていないので、この日記を読むヒトでないと分かり得ないですよね。

昔は親が心配するくらい感受性が強く、度を越した感情の揺れ幅に翻弄されてめちゃめちゃしんどかったモノですが(子供の頃ね)、いつの間にか感情を抑えて生きるようになってしまいました。

社会で生きていくには、多少腹が立っても腹が立っている自分を抑えないといけない、楽しくなくてもあからさまにつまらなさそうにしてはいけない、どちらかというとニコニコ朗らかに努めていた方が得だし、賢い居方だと言える。しつこく書きますが、団体の場では互いに協調性を重んじる必要があるワケですよ。

ココは忘れちゃいけないですが、欠点は他人だけのモノじゃない。自分にもある。誰にでもあるのだから、自分のそれも許して貰わないといけないし、ヒトのそれも大目に見てあげないといけない、お互い様の精神で歩み寄る方がラクだし、そうじゃないと成り立たない。結果、自分自身もイヤな思いをする機会が減ると思うんですよ。それから、ヒトとの輪においては、道化師とまではいきませんが、自分を捨ててバカになれるヒトの方が世渡り上手だと言える。自分も楽しいし、他人を楽しませられる、そういうヒトを見ていると付き合い上手で誰からも好かれるだろうなと思います。例えば私自身、Sキャラなくせしていじられキャラとよく言われますが、いじられても本気で怒ったりむくれたりしないから延々いじられるのであって、いちいちいじられる度に本気でふくれたりあからさまに不機嫌になったりしたら、もう二度と誰からもいじられなくなるワケですよ。別にそれでもイイと思うかもしれないけれど、最終的には誰からも本音で相手して貰えなくなって、腫れ物に触るみたいな扱いしか受けなくなるのも仲間内では寂しいコトだと思うのです。そういうヒトに限って、他人の欠点は許し難く、本気で糾弾したりするのが不思議。皆、心で思っていてもお腹の中で抑えているモノなんだけど、他人を許せないヒトはついついクチに出してしまう。で、一瞬シーン。爆弾投下、みたいな。場を和ませようとして一生懸命なヒトの好意にも気付かないので、うるさがったりするんですよね。それってKYってコトだろうか?

私だって本気でカチンと来るコトだってあるんですよ。特に年下の(1歳差でも年上は年上、人生経験の先輩なのだという思いを根底に置けば、自ずと小馬鹿にするキモチも薄れるモノ)、あらゆる経験値もIQも人間関係能力も低そうな、ヒトをバカにしてそうな、尚且つ人生頑張ってなさそうなヤツにバカにされたらナニサマやねんと思って本気でキレて、禁止ワードをバンバン言って徹底的に追い詰めたろか、などとSっ気全開で思うけど、でも言わない。親しき仲にも礼儀あり、どんなに仲良かろうと、また赤の他人だろうと決してクチに出してはいけない部分があると理解しているから。

自分のコトは棚に上げ、歯に衣着せぬ言い方で直接本人に欠点を伝えるような不躾なタイプや、気に入らないコトがあればあからさまに不機嫌になって無言を貫くようなKYなタイプが最近どうにも苦手です。まあ、前から苦手ですが。自分を含めてカンペキなヒトはこの世にいないんだから、本人を前にズバリ指摘するなんて傲慢な行為は避けた方が懸命ですよね。どうしてもガマンならないなら、カンケイない家族とか心許せる友達に言って発散すればイイだけのハナシ。本人に言うコトで直して貰えるワケもないし、もしかしたらある一方から見たら長所かもしれないんだから、自分の視点だけで善し悪しを決め付けるのは良くない…と思う。もしどうしても直接言いたいくらいガマンならないんなら、そのヒトの本質を見極めて尊重するような言い方で指摘すべきかなと思います。何処にも逃げ場のないような追い詰める言い方はすべきでない。人格を守るコトが大事です。例えば、ずっと彼氏がいないコに「男性経験がないからアンタには分からんねん」などとクチが裂けても言っちゃいけないのに、そういうコトをずばっと言ってしまうコ。それは人格否定だよ。経験があればエライのかい?それから不機嫌な態度で場を不快にさせるのもホントに良くない。イヤならすっと離れるか、バカなコだよなあと呆れながら俯瞰で見てみたらイイと思う。観察したら結構面白いです。自分はこんなじゃなくて良かった~と感謝出来て良いですよ。私は腹が立っていてもヘラヘラしているのであまりそうは思われないらしいんですが、ホントのホントにキレてしまったら最後、直ちにスパっとカンケイを切ってしまうのですよ。滅多にそうはならないけど、そこに至るまでの経緯が極めて緩やかな分、急に沸点が上昇したらそうなるという…。これまたあるイミ厄介。稀なんですけどね。

誰だって疲れる時はあるし、誰ともクチを利きたくない時も不快な時もあるだろうけど、団体でいる時と気心知れたヒトとフタリきりでいる時とは出す態度も違うワケじゃないですか。例えば、死について語る行為が苦手だからといって、その話題を振られたら「私、それ苦手だから」とシャットアウトしたりはしない。こういう行為が協調性であり、友達や仲間を増やすコツでもあると思います。吸引力というヤツかな。

自分のせいで周囲が暗くなったり気を遣ったりハラハラしたりしているのにそれに気付いていない…なんて無様な姿は死んでも見せたくないですね。私とお付き合いするヒトは、私がKYはダイキライだというコトと、バカな言動をしていても常に冷静に俯瞰の立場でいるというコトと、常に周囲に感謝をして生きているという点は承知してくれていると思うので、まあ今更なハナシでした。だいぶハナシが逸れましたが、言いたいコトを日記に書くというお決まりの呟きでした。
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