Cheap chic!~日々本能のまま~

「生活は簡素に理想は高く」をモットーに、毎日楽しく生きています。基本的に亀更新です。
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  [ お節介は嫌われる。 ]
2010-01-31(Sun) 23:58:48
週末は急性感染性胃腸炎の到来で久々にへたばっていました。だいぶマシになったので今日は出勤したのですが、会社の繁忙期に迷惑掛けなくて良かったな~と思う自分ってつくづくマジメ。私が社長なら、私みたいな社員が欲しい。と、自分大好きに拍車が掛かるカンジです。さて、闘病については、また後ほど書くとして、ひとまず今書きたいコトを。


自分より一回りも年下の女子に、ミョーに親身に話を聞かれていた途中、彼女があたかも仏道に励んだ尼僧のごとく私に同情したり、精神論を持ち出して来たりするのが面白くて、チョイチョイ込み上げてくる笑いを堪えるのが大変でした。若いコにありがち。こういうのを“井戸の中の蛙”と言うんですね。

結局、自分の価値観を押し付けているワケでもなく、諭しているワケでもなく、ただ単に明るいお節介&自己満の好奇心で話しているのだろうけれど、経験値も自制心も12歳下に比べりゃ遥かに高いこの私の思いを引き出そうなんて12年早い。半分も伝えていないのに、すっかり私のコトを分かった気になって意気揚々と帰っていきました。愛いヤツやなあ。何とも滑稽。またそれを客観的に見られているとも知らず…。掌で転がされるタイプかな。彼女が一生懸命お節介を焼いて心配しようとしている“もうヒトリの彼女”の方が、私からしたら精神的に大人な部分は多いと思うし、ある意味強くて、自分ヒトリで充分対応出来ると思うんだけどな。ほんの一部分の閃きや開眼があれば、飛躍的に良くなるであろうし、ステキなコ…ステキな部分がある…そう思っている相手だからして、そのコのコトを、こちらとしては“十把一絡げのさして心を掛けていないコ”にあーだこーだ言われても、何だかなあと白けるばかり。

大人数のヒトリで事実上どうでもイイコ、表面上何とな~く好きでやり過ごせるけどそれ以上にはならないコ、ホントに好きで一生付き合いたいコ、この違いは私の中で明確だからして、“何となく”タイプのコに仲立ちされる必要はなく、もうほっといてと声を大にして言いたかった。女子社会の悲しさかな。けど、本当に親切心でわざわざ時間を割いてやってるのか?と思うと無碍にも出来ないこの私の煮え切らない性格よ。また、「優し過ぎる!」と親友どもに叱られるわ。

しかも、私のコトなんて、私自身でもなかなか分からないのに、ちょっと話しただけで他人に分かってたまるか。

こういう親切(親切とするならよ)の在り方も有り難いモノですし、なんやかんや言って心配されるのも嬉しいモノですが、だが、大きなお世話。私のコトは私が決める。それから、特定個人をどう思うかも。私の方が遥かによく知っている人物を、いかにも知ったらしく語られるのはガマン出来ないし、そんな好奇心とも捉えかねない助け舟は親切とは言えないと思う。単に面白がっているだけだ。トラブル好きなだけ。それを、「そうじゃないよ、親切なんだよね」と思うヒトは、もっと心理学を研究した方が良いと思う。この場合の真の親切とは、知らん振りしつつ、でも無視などはせず、時には叱咤激励しつつ黙って状況を見守るコト。考えさせる時間を与えるコト。本を読んだり、ハナシを聞いたりしながら、自分で一生懸命考える行為をしないと、やはりヒトは成長しないと思うんです。自分と向き合うのはツライけど、逃げてちゃいけない。私も何かに躓く度に自分と一生懸命向き合いながら乗り越えてきたので、それこそ何度もその経験がある分、今はここに至っているワケですよ。周囲からは小器用に飄々とやりこなしているように見えるのも、過去の痛い経験があるからこそ。本当に苦しかったあの時の経験がムダではなかったなと心から思えるのは、やはりきちんと向き合って乗り越えられたからこそかなと。そのせいで犠牲にしてしまった色んなコトも、今振り返ると惜しいなとか残念だなとかゴメンナサイなどと思うけれど、それもまた勉強。過去を振り返ったって仕方ない。今自分がどうしたくて、今後どうなりたいか、ビジョンをしっかり持てば、自ずと光は見えてくると思う。勿論、私はいつも姉や親友、年上のお友達などにハナシを聞いて貰うけれど、最終的に決めるのは自分自身。恋愛だってそうじゃないか。失敗したら、次は失敗しないようにと一生懸命考えるから、同じ失敗を二度と繰り返さないモノなのだけど、そこで考えるコトをせずに学習しないコは、何度も何度も同じようなダメンズに嵌まったりするのではないかしら。

誰とでもフランクにフラットに楽しく陽気に過ごそうとするのは大切だけれど、私はやはりそんなのは友情とは思えないです。仲間との距離の取り方は、まさに上記の通りにするのが理想的ですけどね。

何度も書いているけど、真の友達とは、べったりずーっと一緒に過ごすとかではなく、離れるのでもなく、距離感は成り行き任せ、互いに良い影響を与え、向上し合えて、価値観をぶつけ過ぎるコトなく、尊重し合え、認め合え、楽しいだけでなく、時にはケンカもするかもしれない、行き違いもあるかもしれない、でも、自力で分かり合い、喜びも悲しみも怒りも分かち合えるような、自分にとってホントに大切で必要なヒトに限る…このスタンスは今後も変わりません。陽気にガチャガチャ過ごすのは仲間ではあれど、友達ではないと思うから。だから日記に書く時も仲間と友達との区分をハッキリしているのです。

そしてやはり、内外共に年相応のヒトが好き。18は18らしく、25は25らしく、30は30らしく、だ。ミョーに背伸びして達観ぶったトコロで所詮まだまだ20代なのだ。そして、どんなに若く初々しく見えたって、30代は30代なのだ。中身は年相応でありたい。

帰宅後、病み上がりで疲れていたものの、あまりに可笑しくてにょりちに電話したら、

「そのコ、釈迦に説法ばりだね」

と呆れ口調。怖い。

ミクロちゃんならハナからそんな年下はダイキライなので殆ど相手にしないだろうと思いますが、私は小一時間付き合ってしまった。病み上がりなのに。媚びないのがポリシーなのに、ああ八方美人、ビバ。←ビバではない。

「アンタ、お人好し過ぎるのも大概にしなよ」とにょりち。厳しい。

お風呂に入りながら(3日ぶり!)冷静に振り返っていたら、彼女の行為は“ヒトの聖域に土足で踏み込む”のと一緒だと感じました。いやあ、周りにいないタイプだわ。私の血縁だって恋人だって親友だって、共通のどこまで近い友人だって、そんなコトはせんわな。真に賢いヒトと、賢ぶるヒトとの違いなのかな。賢ぶったり通ぶったり達観ぶったりするヒトって、本人は得意満面でも結構カゲで笑われていたりするので、これまた損なタイプですね。でも本人は得意絶頂なのでヨシとしよう。それにしても、自分自身が誇れるようなカンペキな人間ではないから、ヒトに何かを伝える時は色々試行錯誤したり自己嫌悪に浸ったりするのに、どんなヒトに対しても堂々と意見出来るような自信満々なヒトが本当に羨ましい。チーフになっちゃえよ!また胃腸がヘンになりそうなので、もう寝ます。
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